英語学習を続けている中で多くの人がぶち当たる命題の一つに、「英会話スクールに行くべきか行かざるべきか」というものがあります。
語学の4技能のうち読み書きとリスニングは独学で何とかなりそうですが、「会話は1人じゃできないし、留学するかスクールに行くしかないよね」というのが昭和・平成世代あたりの語学学習の常識でした。
しかしこの常識はもはや通用しない時代になりつつあります。
もちろん今でもスクールに行くというのは一つの選択ですし、王道ではあるのですが、「会話を学ぶならスクール」という時代ではなくなったのです。
私はそのことに某英語学習系Youtuberさんの動画で気付かされ、独学メインで英検1級の面接をクリアするに至ったのですが、「会話力にはスクールが必須」という古い時代の思い込みのせいで余計な遠回りをしてしまいました。
せめてもう5年早くこの事実に気付いてたらいろいろと違ったのになあ、なんて今でも思ってしまいます。
今回の記事が過去の私のように「スクールに行けないから英会話なんて一生むり」みたいな思い込みにとらわれて英語学習にしり込みしてしまっている方の背中を押す一助になれば幸いです。
理由その1:コスパが悪い
スクールに行きたいけど行かない人の多くはコスト面が気になっていると思います。実際、通学制のスクールでは1コマ当たり2,000円~の授業料の他、入会金として2~3万円が必要です。
さらにこれに加えて特に大手系では自社オリジナルの教材を使うことが多いのですが、この教材代が意外に結構かかります。普通に市販の教材ならCD付きでも2、3千円程度ですが、オリジナル教材だと普通に数倍の価格設定になってしまったりします。それでも受講すると決めた以上、買う以外の選択はありません。
スクールで受講する場合、こうした授業料以外の細々した出費が結構かさむことを覚悟して予算を組む必要があります。
またスクールでは講師の人件費や教材代といった直接的な費用だけでなく、教室スペースの賃貸費用や事務部門の運営費、広告宣伝費などの間接的な経費が上乗せされることも見逃せません。
間接的な経費って、スクールの運営にとっては必要な支出かもしれませんが、個々の受講者には何のメリットもないムダ出費なんですよね・・・
中には超大物日本人メジャーリーガーを自社の「ブランドアンバサダー」(≒イメージキャラ)に起用してテレビCMとか流してる某大手スクールもありますが、そんな契約に一体いくらかかるんでしょうかね??
まあそれだけ資金的に余裕がおありなのでしょうが、スクールに支払う諸々の費用にはそういった莫大な広告経費も含まれているという事実は頭に入れておいた方がいいかもしれません。
(↑動画は大手スクールによる広告活動の一例です。本文とはあまり関係ありません。)
あとついでですが、先日その某メジャーリーガーの通訳氏が何かの事件を起こして話題になってましたが、そもそも日常生活レベルで専属通訳使ってる人を英会話スクールのアンバサダーにしてる意味とは一体www
※補足:当該メジャーリーガー氏は契約交渉やメディア出演だけでなく普段のチームメイトとの交流にも通訳氏を活用されています。(Wikipediaによる:参照元)
逆に言えばこんな高コストの広告塔を使わないといけないくらいに既存のスクール業界自体が追い込まれているということかもしれません。
知らんけど。。。
理由その2:タイパが悪い
通学制ではリアルならではの生のやり取りができる点が魅力ですが、その代わり通学にかかる時間や教室での待ち時間によるタイムロスが必ず発生します。
運よく通勤・通学の途中にスクールがある場合でも、受けたいコースの開始時間と通勤通学の時間がドンピシャで合うことなんてめったにありませんので、必然的にどこかで時間をつぶすなりして調整することになります。
こういう1コマの受講ごとに発生するちょっとしたロスタイムも積み重なると結構なムダになってしまう点は通学制スクールの大きなデメリットです。
理由その3:結局インプットは自力
そしてコストやら時間やらどうにかやりくりしてスクールに通ったとしても、決してスクールの授業で学習が完結するわけではないという点も注意が必要です。
会話のアウトプットはスクールでできますが、アウトプットの大前提としてのボキャブラリーのインプットは結局日々の自習すなわち独学が必要です。
その部分をすっ飛ばしたまま、ただ漫然とスクールに通い続けても結局「なんちゃって留学気分」止まりの英語力しか身に付かない、私の周りでもそんな中高年世代を多々見てきました。
何なんでしょうね、お金を払ってスクールに通うこと自体で一定満足してしまうみたいな趣味的な人が、特に大企業や公務員上がりの団塊世代に多い気がします。まあ良くも悪くも英語学習が趣味なんでしょうね。。
大事なことなので繰り返しますが、インプットを伴わないアウトプットの練習は発音やペラペラ能力は鍛えられても英語力的には進歩しません。
ちなみに英会話スクールの講師でもスピーキング以外の英語力は必ずしも高くないというケースが多々あります。
スピーキングの定型的な受け答えはペラペラと流暢でも高校レベルの基本単語の意味すらうろ覚えという場合も少なからずありますので、TOEICや英検の受験が目的の場合は4技能の学習にきちんと対応できる講師かどうかを見極めて選ぶ必要があります。
理由その4:アウトプットも独学でOK
スクールに行かなければ会話は学べない、そう思いこんでいた時代が私にもありました。
確かにスクールに行って講師や仲間の受講生と習った英語で語り合うのはとてもよい学習ですし、刺激にもなります。ただ、それがないとアウトプットを学べないかというと全然そんなことはありません。
野球やテニスでも素振りや壁打ちみたいな練習があるように、やり方次第でスピーキングも独学で力をつけることができるのです。
過去にも何度か書きましたが、これに関してはわたしなどがグダグダ言うより下の動画を見て頂ければと思います。
理由その5:カタカナイングリッシュでもええやん
昭和の時代の英語学習ではスピーキングはとにかくネイティブ式が絶対的に尊いとされました。
たとえば私が学生だった頃、英語の授業では発音記号を叩きこまれ、うっかり日本語的な発音をしようものなら「カタカナイングリッシュ」などと馬鹿にされたりしました。
曰く「LとR」「BとV」「ʌ /ə /æ /a」等々は全部ちゃんと区別して発音できなきゃだめ。light と right みたいに一文字違いで大違いなんだから、ネイティブのように正しく発音しなければなりません云々。。。
このネイティブ絶対主義のせいでどれだけ我々世代の人間が英語ぎらいになったことでしょう。
もちろんネイティブに近い発音ができればそれに越したことはありませんが、それは絶対ではありません。カタカナイングリッシュでも大概通じます。というか通じないのは相手が悪いだけです。むしろ日本人が日本語なまりの英語で何が悪いねん、くらいに開き直ってOKです。
逆を考えれば、海外から来た人の発音が日本語的に多少おかしなイントネーションだったとしても、一生懸命話していれば「あめ」が「雨」なのか「飴」なのかなんて状況なり文脈なりで脳内補正できるものです。それで「発音がおかしいからどっちのことを言ってるか分からない」なんて言ってるのは単なる意地悪か想像力の欠如にすぎません。
そもそもこのご時世にネイティブ式の発音しか理解できないなんて、ネット環境すらないような辺境地のど田舎民とか排外的ネイティブ至上主義のへそ曲がりくらいじゃないでしょうか。
もはや昔みたいにネイティブ式の発音が絶対の尺度ではないということは、覚えておいて損はないと思います。
【追記】この記事上げた後、えらくタイムリーにネイティブ発音至上主義の英語講師様が炎上騒ぎを起こしてるみたいですね。。。つーか発音云々以前に人にものを教える職業の人としてどうなの?? という気がします。(↓)
まとめ:スクールでできることは全部ネットでできる
どうしても先生についてスピーキングを学びたいのであればネット講座という選択もあり、個人的にはそちらの方がおすすめです。
質的にバラつきが大きいという難点はありますが、通学制のスクールと違って気軽にお試しができ、途中で止めたりチェンジするのも簡単です。通学制の場合はリアルで会っている分、余程でないとそういう選択がしにくいんですよね。。。
以前なら発音はやはり専門の先生に実際に教えてもらうのが一番でしたが、今どききれいな発音だけならYoutubeなりポッドキャストなりでくさるほど生の英語に触れることができるので、発音矯正のためだけにわざわざスクールに行く必要性もありません。
結論:メディアや広告会社の養分になりたければスクールへどうぞ
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